近鉄八尾駅すぐでアクセス抜群の整骨院。広くて明るい院内、駐車場もあります。幅広い療法をもって対応できる整骨院です。
みくに鍼灸整骨院
院長プロフィール
こんにちは、みくに鍼灸整骨院の薮内です。ここでは僕の自己紹介をさせていただきます。
- 名前
- 薮内 正顕
- ふりがな
- やぶうち まさあき
- 出身地
- 大阪市平野区
- 血液型
- A型
- 信条
- ネバーギブアップ
- 趣味
- バイク、アコースティックギター、ネットサーフィン、iphoneで遊ぶ、電化製品を見てまわること
- 好きな音楽
- ゴスペル
- 尊敬する人
- 石井十次(孤児の父)
- 家族構成
- 笑顔の素敵な癒し系の家内ときゃしゃな体で頑張り屋さんの愛娘の3人と雑種の老犬1匹です。
- 資格
- 柔道整復師・鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師・普通自動車免許・自動二輪免許
- やってみたいこと
- ・北海道旅行に行きたい
・苦労ばかりかけてきた家内に楽をさせてあげたい
・料理の教室に通うこと
・日本中のB級グルメの食べ歩きをしてみたい
・いろいろなバイクに乗ってみたい - この仕事の魅力
- 痛みでかなり辛い感じで来院された方が帰られる時に「嘘みたい。あんなに痛かったのに!」と笑顔で喜んでおられる笑顔を見ることが出来ること。
- 院長よりひとこと
当院は患者さんのことを第一に考えて、どこよりも“愛される整骨院”を目指しています。
八尾市NO.1の整骨院は「みくに鍼灸整骨院」と言っていただけるよう日々励んでいきたいと思っております。
そして「楽になりました!ありがとう!!」と一人でも多くの人に言っていただけるようにがんばりますので、よろしくお願いします。
院長物語 ~院長になるまでの道のり~

- 出生

祖母に抱かれて
1962年に大阪市平野区喜連東に3人兄弟の次男として生まれました。
体重が2500gしかなく保育器に入れられるところでしたが、泣き声が大きくて元気でしたので、入らなくてもよかったと母から聞きました。
- 幼少時代
母は稲作の仕事をしていて忙しく家にあったブランコを一人で押して、また乗ってと器用に遊んでいたそうです。
- 少年時代

弟と一緒に(右が私)
理科が大好きで昆虫採集や天体観測、CB無線、友達を呼んで家でいろいろな実験をしては畳を焦がしたり、随分無茶なことをして遊んでいました。
小学3年のとき事故が起きました。
昆虫採集の注射針が目にささり右目を失明してしまったのです。当時は丹下作善や片目のジャックとからかわれ、随分辛い想いをしました。
- 中学時代
目の劣等感から内気で目立たない生徒でした。
女性への憧れがあり告白をする度、ふられてばかりでした。
また、陸上部に入りましたが、実はサボってばかりでした。
- 高校時代
入学と同時にイメージチェンジをしてパーマ(当時は郷ひろみが人気で髪型を真似しました。)をかけ、右目には義眼を入れていました。
また、兄と一緒に毎日トレーニングジムに通い体を鍛える、そんな日々でした。同級生がクラスのほぼ全員からいじめに合い、放っておけなくてかばったためクラスから孤立してしまい、2人で家出をした高1の冬。担任の岡島先生にはご心配をおかけしました。

- 専門学校時代

19才と18才で結婚なんて、
大胆なことをしました!
当時愛車のCBX400F
これといった目標もなく、ただ資格を取得するために授業に出るだけの退屈な毎日でした。
しかし、1つ目の転機が訪れます。
元来、寂しがり屋のわたしは学生の分際で両親に無理を言って、家内と結婚しました。
わたしが19歳、家内が高校を卒業してすぐの3月でした。
それから1年位してバイクに目覚め、暇をみつけては400ccのバイクに乗り、信貴生駒スカイラインや六甲山に走りに行く、そんな日々でした。
寝ても覚めてもバイクのことしか頭になく、家内には本当に苦労ばかりかけてきました。。
- 専門学校時代

当時の仲間たち
(左下が私です)なんとか専門学校を卒業して資格を取得することが出来、藤井寺の病院に勤務することになりました。
そこで働いていた先輩の先生との出会いがわたしの人生を変えました。
今のわたしの手技は、そのとき先輩の先生から教わった手技が基礎となっています。
その出会いを境に
「困っておられる患者さんの辛い症状を治したい」
「もっといい治療法はないのか?」
と東京まで毎週、往復夜行バスで勉強に行くほど、熱心な者に変えられていました。梅田のカイロプラクティック学校にも1年通いました。

- 人生の迷路

神学生キャラバン伝道で熱唱
28歳のとき、プロテスタントのキリスト教の教会に通うようになり、人生の価値観がまったく変わってしまいました。
今の仕事にまったく魅力を感じず、仕事をやめ何もかも売り払って一家で山形県米沢市に移住しました。
教会で奉仕しながら牧師になるための神学校で学び、あと3カ月で卒業というところで燃え尽き症候群にかかってしまったのです。
家から一歩もでることが出来なくなり、3年間で蓄えのほとんどなくなりました。トホッ!
もう仕事で生きるんやと仙台に引っ越し、転々と職を変えました。
置き薬の営業、教材の訪問販売、青果市場での仕事、ガードマンと、安い給料なのに家内は文句ひとつ言わずに良くやり繰りしてくれました。正直、精神的にも肉体的にもしんどい5年間でした。
- 人生のやり直し

我が家にて
それから仙台の整体院、大阪に帰ってきて大阪市内の鍼灸整骨院の雇われ院長、整骨院勤務と6年ほど、勤務して研鑽に励みました。
「娘が高校を卒業するまで開業は駄目!」と家内に言われてましたので半分諦めていましたが、
40歳で「よし、開業しよう!」と一念発起して物件を探して自宅からも近くて便利な今のところで2003年10月に開院させていただきました。
これからも時間とお金の許す限り、セミナーや勉強会に出て、研鑽を積んでいきます。
私自身、生涯勉強と考えております。

みくに鍼灸整骨院
- 〒581-0003
大阪府八尾市本町7-4-5綿吉ビル2階( 駐車場あり ) 
>> 大きな地図で見る- 近鉄大阪線 近鉄八尾 駅徒歩3分
- 八尾市役所 前バス停 徒歩2分



















